傍らにいる
2026.06.15
カンガルーにできることなのに、あなたたちにできないわけがない
これは、20年前の教員時代に、精神看護学の授業で上司が学生に対して発した言葉です。学生へ向けて言った言葉ですが、今でもずっと残っている言葉です。
授業でこんな話がありました。
オーストラリアの田舎に住む男性が仕事帰りの車の運転中、自宅付近で事故にあいました。大きな事故で、男性は意識はあるものの痛みで体が動かせず横たわったままです。
男性の家ではカンガルーを庭で飼っていました。事故の音を聞いたカンガルーは庭から飛び出し、車まで行き、飼い主を見つけると、すぐさま自宅に戻り妻に事故を知らせます。妻は救急車に連絡しました。カンガルーはというと、またすぐに引き返して事故にあった男性の所に戻りました。「痛い、痛い、苦しい」と言う男性のそばにレスキューが来るまで居続け、男性はその後無事に病院に運ばれ治療をうけた、という話でした。
病み、苦しむ人のそばに「ただ」いることは、とてもつらいことです。「痛い、苦しい」「つらい」「死んでしまいたい」と苦痛の中でもがく人、命の期限を知り絶望の中で嘆く人…そのベッドサイドにただ居続けることは、看る側にとって苦しいものです。それは看る側が、病む人の感情を受け取り、抱え、消化できないこと、何もできない自分がはがゆく、無力を思い知らされ、いたたまれなくなります(この時点で、自分に焦点が当たっていることに気づかないとなりません)。
この場から逃げたいという感情も出てきます。
そんな中、カンガルーはただじっと男性のそばにいました。
男性は苦しみの中、何を思ったでしょう?
たった1人で苦しみの中レスキューを待つことと、カンガルーが一緒に待ってくれたこと、確実に違うはずです。
何もできないのではなく、「そばにいること」ができている。
カンガルーにできること、私たちにできないわけがありません。
しかも、私たちには「言葉」や「手あて」がある。それ以上に、何かができるはずです。
看護部 部長 松岡 晴香

